おいおい、老い

老人1秒前です。

ちょっと…

長くて暗くて重い話なので、嫌な方はスルーしてください。

私は、父母兄私の4人家族でした。
父は57歳で半身不随になり、闘病1年足らずで亡くなりました。
そこから遡る事3年程前に、兄が保険のかかっていない中型二輪車で事故を
起こし、人に大怪我をさせてしまったのです。
当時、兄は無職でした。
家族からタバコ代やガソリン代など数百円程度をちょくちょくせしめては
フラフラした生活をしていました。
今ならニートなどというんでしょうが、そんな言葉すらも無い頃です。
両親は、世間に恥じ、誰にも言わず隠していました。
法事などで親戚が集まる場にもまったく来ない兄を両親は、遠方への転勤
が多い仕事をしているから…などと誤魔化していました。
ご近所の方へも同様の誤魔化し話で対応。
でも、人の口に戸は立てられません。
親戚達には、何か犯罪を犯して刑務所にはいっているんだろうと言われ、
ご近所の方には真昼間からだらしない服装でフラフラ出歩く兄の姿を目撃
されているのですから隠しきれていません。
そんな状況での交通事故。お金がないから保険もかけていなかったようで
賠償金は小さな家が1軒建つほどの額でした。
自らも怪我をして入院した兄は、怪我が治ったら真面目に働くと泣きなが
ら反省の言葉を両親に言いました。
私は、全く信じてはいなかったのですが黙っていました。
賠償金は、当然、無職の兄では借りる事すらできず、両親のなけなしの貯
金数百万と父の名義でお金を借りて支払う事になりましたが、職人で、会
社などには所属しておらず年収も定まらない為、保証人が必要で、会社員
だった私が保証人になりました。
今から30年以上前の話、バブル景気で金利も高いし、お金はすんなり借
りれてしまった。
私は若くて今より更におバカさんで、相談する有識者も調べるPCなどもな
い頃だし、超ファザコンだったので『父の為に』すんなりハンコを押しました。
そして3年後、父が他界し、借金は私名義になりました。
兄は私の予想通り、怪我が治っても生活を改める事はなく、父の生前は父
と会わないような生活をし、父が倒れても一度も見舞う事なく、亡くなっ
てからも何の後悔や反省の態度もなく、自室に引きこもり、母と私が寝静
まった夜中に冷蔵庫や戸棚を荒らし何かしらを食べて暮らす、注意をする
と暴れるという害獣のような暮らしをしてました。
母は、毎日毎日さめざめと泣き暮らし、私に依存するようになりました。
54歳で病気がちで、10代の頃に数年、町工場で働いただけの経験しかなく
早くに結婚して専業主婦をやってきた母は、働けなくても仕方がない…と私
は思いこんでました。
母と自分と、認めていないにしても兄の生活費と父から引き継いだ借金を
私が一手に背負うことになりました。
家は、持ち家でしたが長屋の2戸1の当時で築20年程の小さな小さなボ
ロ家だったので売る事もできませんでした。
風呂桶が壊れても修理できず、ガムテープで何とか修理して使ってたり、
屋根が雨漏りしてもバケツで受ける…そんな生活でした。
バブル景気で、同年代が海外旅行だブランド品だと騒いでいるのを横目に
私はせっせと働いてました。
多額の借金と親と害獣付き、容姿も全然良くない私と知ってて、結婚して
くれたオットとの20代最後の出会いと結婚は奇跡のようなものでした。
それから20年、借金支払いと母と害獣の生活費を工面し続け、借金を完
済した頃、兄は家を出て行方不明に、そのボロ家で一人暮らしをしてた母
はその数年後に認知症になりました。
そこから、介護生活が始まりました。